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金曜日の6時から、「使い捨て時代を考える会」の槌田たかしさんのお話を聞く機会がありました。彼らの視点は、私の生活に、ある意味普通に影響を与えていたと思います。 洗濯は石鹸でね。食器洗いも石鹸!米、牛乳、卵くらいは最低限目の届く生産者で。ゴミ、これは子どものあるなしでとても難しい。いくらゆっても、ガキはゴミを生むのだから(イライラ)。でも、ま、台所回りのできる範囲はリサイクル・リユースでね。とか。 この部類は個人の裁量、倫理観だけど、ただ人知れずそれを実践してもどうなんかな~~?という気持ちは常になきにしもあらずです。個人的領域であるだけに、徹底しようと思えばどこまでも行くし、そうでない人を責める発想は好きではないし、だいたいの、適当な範囲をそのつど見極めて、無理なく、それでも共感しつつ、なんらか実践してきたン十年という感じです。 そんなこんなのいろんな思いもあって、鎚田さんの実際のお話を聞くのは初めてだったのです。彼は10歳のときに敗戦をむかえたということ。その当時の食糧事情を聞くのは久しぶりでした。私が子ども時代に親世代から聞かされた「戦争体験」のほとんどが、「いかに食えなかったか」ということと共通しています。 しかし、子どものときにそれを聞かされるということと、今それに近い子どもを育てながらそれを聞くのとでは、私自身の聞き方がだいぶ違います。 1945年8月15日をはさんだ前後2年くらいが実際上、日本人の戦争体験(被害者意識形成に寄与した)であり、本当に食糧難だったのだろうということは、様々なものの本や伝えられたことで認識していました。日本人総体として体に染み付いた戦争の記憶とは、実はそこにあった、むしろそこにしかなかったのでは?と思っていたのです。そうでしかないこと…!それを悔やみ、いまさら責めることで生まれる事は少ないにしても、だからこそ、その起点を自分のものにする必要があると思ってきました。 さて、敗戦当時の鎚田さん。子どもです。とてもかわいそうです。体も強いほうではなかった。飢えていました。ほとんどの「日本人」(そして強制的に日本人とされた人々)と同様にです。 だから飢えないこと、アメリカに追いつくこと、ただそのために、「日本人」は一億一丸となって(今度は)(戦争を省り見ず)金儲けにいそしんだ。そして、置き去りにされた民主主義(行われたのは金主主義)とおっしゃいましたが、そのお話も私の認識と一緒。 食料を携えずに前線を戦った兵士たちが行った略奪行為。侵略行為さえも超えた生々しさで、現地の人々を蹂躙した。けれど、そのときの政府の方が今よりまだましって鎚田さんは言うのです。まだ、少なくても「国民を飢えさせない」視点があったからと。 確かに、自給率は下がり続けています。食管制度もあくなりました。普通の国なみに戦争ができるようにしたいんだったらそうそう、それ並に食糧自給が確保されていなければなりません。それと、「天皇制」が残っていても、(戦争でひどい目にあった国々が)近隣諸国として付き合いをしましょうや、というのは憲法9条で「侵略」の可能性がないことを担保しているからなのであって、9条をはずしたら、1条もはずさないと、それは全然「普通」に戦争なんか出来ないよね(いえ、したいわけじゃないんだけど、それを言う人々にそこまでの覚悟があるのかい?)、というのが私の以前からの持論なんですよね。とか、久々にいろんなことが頭をめぐりました。
by fuyukikai
| 2007-07-01 00:53
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